* Φ phi *
何か、とても違和感がして、俺は覚醒した。そして俺が目にしたのはふざけたクソオレンジの髪の毛とそれの持ち主の顔。見たくもない、奴のアップ。
俺は思いっきり千石を突き飛ばした。
「あ、起きた〜?」
「てめっ、何してんだよ!ドタマかち割んぞっ」
「何って・・・ちゅー?」
「あ゛ぁ!?『ちゅー?』、じゃねーよ!」
「だってさー、亜久津起きないんだもん。お姫様を起こすにはキスって決まってるじゃんか〜」
「お姫様とか言うな、気色わりぃ」
俺はまだ感触が残っている口を直すために煙草に火をつけた。吸っては吐く、を数回。それはとても苦い。
「・・・で、何だよ」
「何が?」
「なんか用があったんじゃねーのかよ!?」
「ちゅーがしたかったんだよ」
「あ゛ぁ!?」
「人が恋しい季節だろ?ちゅーがしたくなったんだよ」
「ふざけんな千石、てめぇ・・・!」
俺は自分で突き放した千石の胸倉をつかんで思い切りガンをきかせる。が、千石は相も変わらずへらへらしながら飄々と言ってのける。
「もう一回しよう」
近づいてくる千石の唇をあわてて避ける。
「お前、酔ってんのか?」
「酔ってないよー」
「大体なんでキスなんだ。人恋しいならあの地味な奴らにじゃれてもらえよ」
「一番柔らかい皮膚と皮膚をくっつけたいんだよ、ねえ、こんな事象は数秒後には過去になるよ。ちっちゃいことだよ、亜久津。」
「じゃぁ、その辺の女にでもしてろよっ」
「亜久津が、ちょうどここにいるからさぁ」
俺はもう、千石と会話することにうんざりして、2本目の煙草に火をつけた。
「・・・ちっちゃいことで、亜久津は忘れても、亜久津が吸い捨てた何十何百の煙草だって確かに存在したんだよ。灰と煙と、亜久津の肺の黒い染みになっているんだよ。」
「何が言いたいんだ、お前」
さっきのちゅーは取り消しききませんよ、ハハ、っていう嫌味かそれは。それともただ、煙草をやめろと言いたいのか。
「うん、煙草吸いすぎ。スポーツマンはそんなの吸ってはいけません。」
「スポーツマンじゃねえし。」
「・・・アメリカ、行くんだろ?」
「いかねえよ。」
「もったいないよ!」
「じじいが勝手に言ってんだろ」
「・・・俺、今なら亜久津に勝てるよ。ちょー特訓したもん」
「・・・じゃあ、てめーが行けよ。」
千石はあいまいに顔を歪めた。
「伴じいはいい指導者だよ。・・・あーあ、説得失敗。」
「ハッ、説得かよ今のが」
そう言うと、千石は答えずに、にっこり完璧に笑い、俺との間を詰めた。
「ねえ、キス、しよう。」
「あ゛?」
「俺のこと、女の子だと思っていいよ。」
「お前、プライドねえのな」
「うん、からっぽだよ。」
千石は張り付いていた笑みをさらに深くしたのだった。
ああ、こいつはどこか欠けてるな、と俺は思った。
俺が目を閉じた瞬間、こいつは静かに泣くかもしれない。
04.10.3