神さまの誕生日の1か月前
いつだって俺は何かにおびえていて、漠然と正しさを祈りながら、許されることを願いながら、小さく、呼吸をする。
えぇと、今日は11月25日、きよすみくんの誕生日です。おめでとうー!ぱちぱち。
って、何が変わるでもなく、俺が母親の股から生まれて、ちょうど15年が経ったというだけなんだけど。
あー、あと一ヶ月遅く生まれていたら、本当にラッキーって感じがするんだけどなぁ。みんなからは、夏生まれっぽいとか言われるしね、秋と冬の間の微妙な季節に生まれたんですが。
なんだかんだみんなは優しくて、お菓子とか、レゴとか変なおもちゃとかをくれたりした。びっくりしたのは室町君が覚えてくれてたこと。廊下ですれ違ったときに手に持っていた(お昼前だったからおやつ用かも)明太子プリッツをくれた。いい後輩だなあなんて妙に感激。
放課後、いつもは俺が南のクラスに迎えに行くのに、今日は南が来てくれた。
「千石―、帰ろーぜ」
「あれ、南、どしたの。」
「お前、今日誕生日だろ。どこか連れてくか、何かおごっちゃろーと思ってお迎えに上がりました」
「うっそ!やった!キヨ感激☆」
「キモいって。・・・で、どーする?けっこう今リッチなんだ」
ちょっとだけ考えて俺は言う。
「・・・・・・・・・海に行きたい。」
南がきょとんとしている。
「冬の海が見たい。」
ガタンゴトン。電車に乗って、俺たちは海にやってきた。南は、マジで!?絶対寒い!とか言ってたけど、結局こうして俺の隣にいる。まあ、南が言い出したことだし(でも交通費はさすがに出したよ)。
海に着いたころには、もうほとんど夜で、ほんの少しだけのぞいていた太陽がとても赤かった。
夕日が沈みきって薄暗い中、俺たちはコンビニで買い込んだ酒飲みながらばか騒ぎ。わかりきっているのに、何度も海水に触ってはつめてー!と言い合った。
でも時間が経つにつれて、車通りも少なくなる。だんだん周りが静かになっていって、二人きりだし、俺が黙れば南も黙る、南が黙れば俺も黙る、どちらともなく口数が減っていって、いつの間にか、まっくろな冬の海を二人して黙って見ていた。
白い、白い息が南の口から生まれて浮かび上がる。そして霞んで消える。
寒いな、暗いな。海の音って落ち着くなあ。南と一番近い右肩は少しだけあったかいな。暗闇はすきだなあ。
・・・・・・・・
「いつまでもこうしていたい」
永遠なんて存在しないと分かっているのだけれど、俺は、南と一緒にいたいのだ、ずっと。
近い未来を想像する。中等部を卒業して、高等部に入学したら相変わらずテニス部でばかやって、俺には新しい友達ができて、南にも新しい友達ができて、それで、今よりも少し自由になった俺たちには彼女なんかもできてさ、たくさん新しい刺激を受けて、かわっていくのだと、成長していくのだと、思う。南にはたくさんの大切なものができて、たくさんの俺のいない日常が脳を占めて。高校卒業したら俺は間違いなく山吹大に行くけど(めんどくさいから)南は外部受験するかな。そしたら、会うこともなくなっていって、話すことも少なくなって、南は俺の知らない人間になっていくかな。もしも、南が高校、外部行くならもう少しで現実になるかな。それは、かなしい。そんなことこわくて聞けるはずもない。
ねぇ、俺の存在は南の中でどんな風に変わっていくんだろうね。南の存在はどんな風に俺の内に残るんだろうね。あー、俺が南の中で希薄になってしまったら寂しいなぁ。南と一緒にいたいなぁ。南がすきだなぁ。ずぅーっと南といたいなぁ。
「・・・せいぜい11時までだな。終電、」
「・・・うん。」
本当は分かってんだ。時は過ぎる。「そのままのきみでいて」なんてどっかの歌詞みたいな陳腐な願いなんてのは、今、ただ俺が思うだけ。俺も過ぎていく、思いを追い越していく。あれ、俺はこわいのかな。変わるのが、こわいのかな。本当は知っているくせに。
「南、寒い」
「当たり前だ」
「・・・帰ろっか」
電車を降りて俺たちは歩いた。急に南に触れたくなって、少し前を歩いていた南の手をつかんだ。やっぱり冷えたね、なんて言った気がする。でも、南の手はあったかかった。あたたかかった。いい加減にしろよ、とか言われながら俺はずっと南の手を握ったり開いたり、指つまんだり、いじり倒しながら歩いた。(だってさむかった。南の体温がほしかった。南の手はあたたかかった。南に触れたかった。)南が手を振り払わないことは知っていた。甘えていた。俺はとても救われていた。
あぁ、どうして、泣きそうだ。
「じゃーな、千石」
「うん」
「あ、誕生日おめでとうな」
「うん、」
南の手は自然に俺の手から離れていって、俺の指先にはかすかな温度が残ったけれど、直後に吹いたつめたい風にそれは奪われていった。
「南、海付き合ってくれてさんきゅーな」
「おう、まあ今日お前の誕生日だし。いいんだよ」
「・・・今までの人生の中で一番のラッキーは南に出会えたことだ。」
「・・・は?」
「あはははー、なんつってななんつってな!一番のラッキーはこの世に生まれたことかね!」
「お前・・・酒回ってきた?」
「かーもね!・・・じゃあ南、ばいばい」
「? おう、明日な!」
南は笑って手を振る。俺も笑って手を振る。南がすぐの角を曲がり、見えなくなって、俺は家に向かって歩き出した。そして、少し潤んだ目を冷たい風のせいにして、家までの道をまっすぐ帰った。家に帰ったら、母さんと父さんに誕生日おめでとうと言われ(朝も言われたけど)、3人でケーキを食べた。とてもおいしかった。
永遠に明日なんて来なければいいのに。みんなが、南が、俺をずっと甘やかしてくれればいいのに。
俺はそんなばかみたいなことを祈りながら、ばかみたいに時計の針を眺めていた。
カチカチと間抜けな音とともに時間を削って行くそれをただ見ていた。
0時7分、姉ちゃんが帰ってきて、俺の部屋に来て「清純、誕生日おめでとう」と言う。俺は「ありがとう」と言う。
俺がこの世界に生まれて16年目が始まるなぁとしみじみと思った。俺が生まれて、この人生を生きていることは紛れもない事実なのだ。俺が過ごした15年は永遠に変わり得ないのだ、と思うと少しだけ、悲しかった。かなしかった。がちがちに固まった、俺の周りを壊したかった。そんな勇気なんてない。
結局俺は俺で、生きていくしかなくて。でもそれは、諦めじゃなくて、逃げでもなくて。ただ、知っていた。だって、俺たちには羽なんてない。
いつだって俺は何かにおびえていて、漠然と正しさを祈りながら、許されることを願いながら、小さく、呼吸をする。空を見上げて、飛びたいなあなんて思って、南がすきだなあって思いながら、呼吸をするよ。
11.25.04
もう何も言うまい。